誰にも見出されない変態的個性

少し前にSNSで流行った、性格免許証なる占いのようなもの。

もちろん、こういった類のものを全て信じたりはしていません。

何なら、診断の過程で答えるとき、自分をかなり俯瞰していなければ、もし当たるとしても本当の結果は出ないと思うんですよね。

 

どこかで自我が入って、無意識になりたい自分になぞられて回答をしてしまうと思うから。

自分を他人と思うレベルで客観視しないと、正しい結果なんて出ないと思うんです。

つまりこういった占いの信用度以前に、本当の結果を出すことなんてきっと不可能。

 

そうは思っていながらも、何の気なしに、それも流行から遅れて乗っかって診断してみたのが1ヶ月くらい前。

根拠もない占いかもしれませんが、この結果にどこか救われているところがあるのかな、なんて思っている部分があるんです。

 

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誰にも見出されない変態的個性

ぼくの診断結果はこれ。

「誰にも見出されない変態的個性」

 

芸術が爆発。

個人で生きていくために「ブロガー」なんて仕事を選んで、文章で表現活動を行いたいなんて思っている人間には、いい結果なので信じたくなってしまいます。

 

この結果からぼくは、ブログのアクセス数が一気にガッと増えた経験がないこと、イベントを開催しても、服を作っても人々の反応がマチマチな現実を見ても、少しだけホッとできるようになったというか。

 

そう、ぼくが持っているのは「誰にも見出されない変態的個性」だから。

めちゃくちゃポジティブに捉えてしまえば、「ぼくが生み出すものは、常人には理解できない」ということです。

 

思えば音楽を好きになった中学生の頃から、好きなバンドは多くの人が好きなそれとは違った趣旨であり、インディーズであることが多くて。

そのときは誰に話をしても「知らないよ」で終わってしまうのですが、いざそれらのバンドがメジャーデビューすれば、「CDを貸して」と言われ。

 

常に、そのとき好きなもの、コトをリアルタイムに話せる友達は1人もいませんでした。

そう、ぼくは「早すぎる」んです。

 

逆に言えば、ぼくが生み出すものに価値を感じてくれる人は、とてもセンスがあるということでしょう。

普段からこのブログを読んでくれている人、作った服を買って下さっている方々は、常人には持ち得ないセンスを持っている。

 

ぼくが早すぎて、鬼才すぎて、世の中にいる大半の人にはその才能を理解すらできないんだ。

そう考えると、ぼくの現状も理解することができるようになります。

少しだけ、ぼくが評価されていない現状にも納得することが、仕方ないと思うことができるようになりました。

 

このタイプは明らかに、この世を去ってから初めて評価されるタイプ。

以前どこかで聞いた言葉で、「人生は自分が思っている通りになる」というものがあります。

 

それなら、ぼくは生きているうちに評価をされたい。

もっと多くの人にこのブログを読んで欲しいし、服も買って欲しいし、ブログに留まらない活動をしたいし、もっともっと世界を広げていきたい。

 

なんていう、ちょっとの悔しさを、歯痒さを激烈にポジティブな気持ちに変換した記事でした。

ただ、この占いで確実に当たっていると言えるのは、人望と愛情の乏しさです。

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