服と欲

幸せって何だろうって、ふと考えてみるんです。

人生って、生きる意味って何だろうって考えてみるんです。

 

大真面目にそんなことを考えてみても、これといった答えは見つかりません。

生きる意味なんて特にない。

ただ、せっかく生まれてきたこと自体にはきっと意味がある。

 

人生ってぼくは、長い暇潰しだと思っているんです。

せっかく生きるなら、意味はなくても退屈なよりも楽しい方がいいでしょう。

 

だから美味しいものを食べるし、好きな服を着るし、たくさん音楽を聞く。

まだ経験したことのないことにも手を出してみる。

 

別に何もしなくても同じ人生です。

食にこだわりもなく、これといった趣味がなくても死んだりしません。

 

そんな生活をしていれば、お金を使う必要も多く稼ぐ必要もありません。

ただずっと退屈で、大人しく死を待っているかのような人生になる。

 

ぼくは少し前まで、どうせいつか死ぬならと後者の選択を考えていました。

それでも、そんな生活は少し体験しただけでも退屈だと分かってしまったんです。

 

だからせっかくなら、楽しく生きよう。

そう思って人生25年目を今日も生きています。

 

唐突に何でこんなことを書いているんだ、と思われますよね。

ファッションブログで、何も関係のないことを書き始めたな、って。

 

実は関係がないようで関係のあることを書きたくて、こうして記事にしています。

 

冒頭にも書いたように、ふと幸せって何だろうと大真面目に考えてみたとき。

ぼくは今の状況で既に、とても幸せなんじゃないかと思えたんです。

 

人と自分を比べない。

自分を誰とも比べなければ、その時点で誰もが幸せになれる。

 

特別に何かをする必要もなく、今この時点で自分は幸せに生きていることに気付けます。

 

そもそもぼくたちが日頃、なぜ不幸せを感じることがあるかというと、唯一の原因は人と自分を比べてしまうから。

 

比べなければ目指す場所も地位もないはずの個である自分。

それをわざわざ他人と比べて、あたかも自分の方が劣っているかのように感じてしまう。

 

そうすると「自分はまだまだなんだ」なんて思い始めて、自分で自分を追い詰める。

本当はどんな仕事をしている人にも、趣味を持っている人にも優劣はありません。

これってぼくは、ファッションにも大いに関係することだと思っているんです。

 

今より格好いい自分になりたい。

自分に自信を持てるようになりたい。

 

人より格好いい自分になりたい。

あの人みたいに格好良くなりたい。

 

こういった欲が、ぼくたちに新しい服を欲しくさせます。

でも前に書いた通り、ぼくたちは人と自分を比べなければ、今の時点で幸せなもの。

 

そのことに気付いてしまえば、洋服は欲を満たすためのものから、本当にそれが好きな人にとっての「好き」を楽しむための趣味になります。

 

自分に劣等感を感じていたり、外側に欲を求めるから服を買う。

それでは人の欲を上手に煽る広告や企業に踊らされているだけなんです。

 

そうではなく、ただ楽しいから服を着る。

それが健全な状態なのではないでしょうか。

 

洋服は確かに、自分に自信を持ちたいなら有効な手段のひとつにはなります。

ただ、むやみにそれを続けたところで自信を持てるようにはなりません。

 

最後はその体験を通じて自分が何をどう感じるかだったり、一歩を踏み出せるか、でしかないと思うんです。

 

これは自己啓発本が売れ続ける理由と同じなんだな、と感じました。

読むはいいけれど行動に移さない人がほとんど。

 

人間は臆病だし面倒臭がり。

だから、いつの時代も同じような内容の自己啓発本が売れ続けるのでしょう。

 

今までのぼくは、洋服を自己啓発本のように扱っていたのかもしれません。

そのことに気付けたからには、もうむやみに服を買うことはないでしょう。

 

ぼくが服を買う理由は、それがただ楽しくて好きだから。

趣味であり、自分の好みに沿った服を探すこと、着ることが楽しいと思えるからこそ、やっていることなのでしょう。

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