読まれるファッションブログにしていきたい。それは数字ではなくて。

読まれるブログを作りたい。せっかく記事を書くなら、そう思うのはごく自然なこと。

もちろんぼくもそう思っています。ただ、ぼくの”読まれたい”は一般的にその言葉から想像される意味とは少し違って。

多くの人に読まれたい、たくさんのアクセス数が欲しい。その気持ちも、あることにはありますが、そこまで大きなものではなくて。

 

それよりも、読み込んで欲しいんです。多くの人に、さっと読んでもらえるようなブログではなく、アクセス数は少なくても、熱中して文章を読み込んでもらえるようなブログにしたい。

ぼく自身が昔から何をするにもそうでした。広く浅くより、狭く深く。このブログもやっぱり、そんな場所にしたいんです。

 

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ファッション雑誌にワクワクを感じないのは

読まれるファッションブログにしたい。深く読み込んでもらえるファッションブログにしたい。

じゃあ、そんなものを作るにはどうしたらいいのかを、ぼくなりに楽しんで考えながら、いつも記事を書いています。

その一環でたまには本屋さんに行ってファッション雑誌を開いてみたりもするのですが、どうもあまり買おうと思えなくて。

今さっきも本屋さんで同じことをしてきたのですが、やっぱり少し読んでみたものの、買おうとは思えなくて。

 

どうしてなんだろうとずっと思っていたのですが、その理由が少し分かった気がして。

すごく当たり前のことを言うようですけど、ファッション雑誌って写真が主役じゃないですか。ぼくはその時点でもう、雑誌自体に興味を持てなくなってしまうんですね。

 

というのも、ぼくはやっぱり文章を読むことが好きで。学生の頃から小説をよく読んでいた、とか、そんなレベルではなかったのですが、好きな雑誌はあって。

ぼくは中学生の頃から音楽がすごく好きでした。特にヴィジュアル系バンドが大好きで。派手なメイクに、派手なパフォーマンスやシャウト。

 

どのバンドも思いっきりやりたいことをやって、個性を爆発させまくっているその不思議な世界に、何とかして人と違っていたかったぼくは夢中になって。

ただ、いくら好きで曲を聞いていても、歌詞の意味を理解できることって少なくて。

まだ中学生だったので恋愛経験も少ないし、子供でしかなかったぼくに大人の感情なんてものは、ほとんどなくて。

今でこそ聞き直すと、あまり意味のないことを歌っている曲だったんだなとか、共感できるな、と思える曲も増えてきましたが。

 

人にはみんな、自分の支えになる何かって絶対にあると思うんですね。それは恋人だったり、音楽だったり、映画だったり、小説だったり。

ぼくにとってのそれは、中学生の頃から今に至るまで、ずっと音楽で。辛いときや悲しいときに、背中を支えてくれたり、励ましてくれたり、勇気を与えてくれるもの。

 

暇さえあればずっと聞いているもの。身近にあるもの。いつしか意味を求めるようになって、メッセージ性を求めるようになって。

そんなものを、まだまだ5分足らずの曲に込められた世界観と歌詞だけでは十分に解釈できなかった当時のぼく。

気付けば毎月のように、ヴィジュアル系バンドを専門に掲載している音楽雑誌を買い込むようになっていました。

 

ちょうど10年くらい前。ヴィジュアル系バンドに勢いがあって、めちゃくちゃ怖い顔をした彼らがオリコンの上位にランクインしまくっていた頃のこと。

今ではシーンのみならず音楽業界の不況に伴ってどちらも廃刊になってしまいましたが、当時は”ヴィジュアル系・二大雑誌”の存在がありました。

それがSHOXX(ショックス)とFOOL’s MATE(フールズメイト)で。

 

どちらも同じくヴィジュアル系バンドがたくさん載っている雑誌だったのですが、SHOXXはバンドのグラビアを中心として、ページを大きく使い写真をたくさん載せることが特徴。

対するFOOL’s MATEには写真も載っていますが、SHOXXよりも文章量が多く、インタビューの内容も作品のみならず作曲者の人格にまで迫る深いものが多くて。

 

ぼくは毎月のようにFOOL’s MATEを購入していました。聞く音楽に意味を求める。これはどういう意味なんだろう?と考える。

洋服を好きになったきっかけが憧れのミュージシャンの着ている服に興味を持ったことが最初だったように、憧れの対象のことなら些細なことでも知りたくて。

 

ぼくが好きな、格好いいと思う曲を作った人は、歌詞を書いた人はどんなものに影響を受けて育ってきたのか?

その人格はどのようにして形成されてきたのか?

作品に対する受け答えと近距離のグラビア。それよりも、人格にまで迫る深いインタビューは、読んでいてとても面白かったんです。

だからぼくは、そんなところにまで深く深く切り込んで聞いてくれる、FOOL’s MATE派でした。

 

ぼくは、好きな人やものといった対象に対してどこまでも意味を求め続けていたんです。

こう書くと少し固すぎる気もするし、無駄が嫌いな人間みたいに見えてしまいますが、そうではなくて・・・こう、背景ひとつを取っても、そこに意味があるものに惹かれるんです。

 

例えばぼくに洋服の楽しさを教えてくれた”経年変化”

レザーやジーンズが、着たり穿いたりし続ける中でシワを刻んだり染料の色落ちによってアジのある表情を魅せてくれるようになっていくこと。表情の変化。

レザーやジーンズを愛用していれば誰にでも同じように起こる現象ではあります。ただ、その変化だったり表情に、似たものはあっても同じものは世界にふたつとなくて。

 

その人のライフスタイルや仕草に合わせて、刻まれていくシワや色落ち。長年着用して経年変化を続けたアイテムひとつを取っても、その背景には隠せない個性が溢れているんです。

それ自体が意味になる。その人にしか生み出せなかったレザージャケットや、ジーンズがある。それ自体がもう、圧倒的な個性であり意味になっているんですよね。

だからぼくは人が穿いているジーンズの色落ちをInstagramで見るのが大好きなんです。みんな違って、みんないい。経年変化ってそんなものだと思っています。

 

ここまで考えて気付いたこと。だからぼくは、ファッション雑誌を読んでもあまりワクワクしないんだなって。

売るための服を載せて紹介する。ファッション雑誌の大きな役割はそれでした。

ただ消費されゆくだけのそれを載せているだけだから、ぼくはその背景に意味を感じなかった。だからワクワクしなかった。ただ、それだけのこと。

 

雑誌を作るためにはお金がかかる。商品を宣伝したいブランドは、お金を出して雑誌に特集を組んでもらう。

載せて服を紹介する代わりに、ブランドからそれらを提供してもらう。それを元にコーディネートを組む。

ファッション雑誌を作ろうとすれば、これらの動きは絶対に欠かすことができないので、仕方のないことだとは思います。

同時にこれを行っている時点で、雑誌を作っている人たちも純粋に好きな内容の雑誌を作れている訳ではなくて。

 

今まで知らなかったブランドや情報を知る機会として。自分の中にはなかったコーディネートのパターンから刺激を受けるために。

上のような目的があるのなら、読んでいてとても楽しいものだと思います。でもぼくは違った。ただそれだけのことで。

 

その背景には常に意味を感じていたい

SHOXXよりもFOOL’s MATEが好きだったように、ぼくは常に対象の背景に意味を求め続けていたい。それでこそ、対象の面白さや世界観というものに、より感情を注ぎ込むことができるから。

そういう意味でぼくは、このブログをただ読まれるそれじゃなくて、読み込まれるブログにしていきたい。

 

買う服のどれもに背景と意味を感じています。ぼくが感じたそれを、紹介する服を通じて皆さんにも感じて欲しいし伝えていきたい。

ぼくはファッションを、そんな感覚でいつも楽しんでいます。コーディネートに興味がないことも、もしかしたら楽しみ方が違うからなのかもしれません。

 

雑誌やメディアのインタビューで曲に込めた意味や、その人の人格の深い部分に触れる。その後で曲を聞いて、好きになる。

一般的な順番とは逆の経緯で好きになったミュージシャンだって、ぼくには何人かいて。

 

それくらい、作品の背景に存在する意味というものは、ぼくにとって大切です。

紹介した服に、そんな順番で興味を持ってもらえる機会を作れたりしたら、それもすごく幸せなことだと思います。

このブログを、そんなきっかけも生める場所にできたら。洋服を”おしゃれをするための道具”とはまた違った角度からも、面白いと思って頂けるようになったら。

ぼくは、そんな気持ちで記事を書いていたりします。

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