日常から妥協を排除するための買い物だった。眼鏡の買い換え

少し前にも記事にしたように、最近ぼくは眼鏡を新調しました。

 

今日は購入した眼鏡を紹介しようと思ったのですが、それだけだと普段から眼鏡をかけていない人にとっては退屈な内容になってしまうかもしれません。

だから、特段眼鏡キャラでもないぼくがどうして5万円もする眼鏡を購入したのか。その理由も込めて記事を書きたいと思っています。

 

ぼくが眼鏡を新調した理由は、単純にその眼鏡を気に入ったからという理由だけではなくて。

上記の記事にも書いたように、オーナーさんが素敵な方だったから、という理由だけでもなくて。

ごく普通の毎日から、一切の「妥協」を排除するためでした。

 

スポンサーリンク

YUICHI TOYAMAの”Sean”

ぼくが購入したのは、YUICHI TOYAMAの”Sean”というモデルの1本でした。今、人気のボストンタイプ。

こうして見るとモダン(耳にかける部分)の緩やかなカーブが美しいですね。

 

眼鏡を買いに行こうと思ったきっかけは、本当にふとしたものでした。

「大学生の頃にJINSで買った今の眼鏡も2年以上使い続けているし、そろそろ新調してもいいかもしれない」

そんな想いが心の隅っこにあって、数日間の内にどんどん膨らんでいって、気付けば街にあるおしゃれな眼鏡屋さんに足を運んでいました。

 

お店に足を運ぶと、そこには素敵なオーナーさんがいらっしゃったことは以前も記事で書いた通り。

逆ミーハー・・・ただの捻くれ者なぼくは基本的に全てにおいて”人と被る”ことをあまり好ましく思っていないので、流行の逆を行く姿勢を取っています。

 

パソコン選びに関しても、皆がMacを選ぶならぼくはWindowsを。iPhoneを選ぶならAndroidを・・・と逆らってきました。

結果、ブロガーの必需品とも言えるガジェット選びを行うときに逆行した姿勢を取ることは愚かでしかなくて。

上の写真にも映っている通り、今ではパソコンをMacに、スマホはiPhoneに変えました。そして快適なガジェットライフを送っているところ。

 

確かにそういった、利便性を求めるモノ選びに関しては正解、不正解があると思います。

多くの人が支持する背景にはそれだけの理由がある。使いやすいからこそ、多くの人に支持されるんだと知りました。

 

その一方でぼくは、ファッション面に関しては相変わらず流行に逆行。捻くれ者でもあるのですが、純粋に自分が好きだと思った服を選ぶようにしています。

なぜならファッションの場合はその服を選ぶこと、着ることに正解も不正解も存在しないから。

定番アイテムこそ多くの人に支持されますが、それ以外のいわゆる”流行”は一過性のブームに過ぎないんです。

 

「皆がこれを選んでいるから、選ばなくちゃいけない。着なくちゃいけない。」そんなルールは、ぼくが好きな世界に存在しない。

だからファッションって難しいと思われてしまうのですが、個人的には、だからこそ他の何かと比べても自由度が高くて楽しいものだと思っています。

 

ボストンタイプの眼鏡も今、ブームの真ん中に存在していることは確かです。

しかしぼくがこの1本を選んだのは、オーナーさんの素敵なお話をお聞かせ頂いた上で、紛れもなく自分の意思を持って選んだ結果なのでした。

 

素敵なオーナーさんのご提案で出会う、新しい自分

今までずっと、”ザ・ボストン”面をした黒縁眼鏡を愛用していたぼく。

ふらっとお店に足を運んだとき、無意識に黒縁眼鏡に目を向けていました。

 

ぼくの輪郭を、肌の色を、瞳の色を、髪の色を。人となりを、そこから漂う雰囲気を会話しながら汲み取って、似合う眼鏡を提案してくれる素敵なオーナーさん。

髪を茶色く染めて、色白の肌をして。よく「おっとりしている」と言われるぼくに、今回購入した”Sean”のブラウンササカラーを提案して下さりました。

 

性格は捻じ曲がっていて、人の話を聞かなくて、聞いたとしても事実を自分の目で確かめるまでは信じない頑固なぼく。

”自分がいいと思ったものが全て”とどこかで思っているのですが、オーナーさんとお話しているときはその意見に純粋に耳を傾けていました。

この方は、本当にぼくの為を思って眼鏡を選んで下さっている。売りつけようとしているとか、そんなのじゃない気持ちがとても伝わってきたんです。

 

今まで、自分で選んでいたら決して手にすることはなかったであろうこの色味。

顔の形に合ったフレームの形がボストンタイプだということ。

王道の黒縁眼鏡を愛用していたからこそ、メタル素材も使ったシャープな印象の眼鏡をご提案して下さったこと。

その全てを引っ括めて、何本か似た形のそれらを提案して頂いたうち、自分でも最も気に入った配色とメタルパーツを採用したこの1本の購入を決めました。

 

スポンサーリンク

日常から妥協を完全撤廃するために

特段、眼鏡キャラでもないぼく。一体どうして眼鏡を新調しようと思ったのか?ここからは、そんな話を書いていきたいと思います。

 

近所のよく会う友達からすればもはや眼鏡キャラなのかもしれませんが、ぼくは基本的にどこか遠くへ出かけたり、特別気合いの入った日でなければコンタクトレンズを使いません。

例えば気になる女の子とデートする日だったり、大都会東京へ繰り出す日だったり。これ、東京に程近い千葉に住んでいるとはいえ、田舎者だなって思います。

 

服装に関しては日頃から自分の気分が上がるものを選んで身にまとっているので、妥協していると考えたことはさほどなくて。

お気に入りの洋服を着て、高揚した気分で街に繰り出す。

 

けれどそのとき、ひとつだけ心に引っかかる部分があったんです。

それが、他でもないJINSの黒縁眼鏡。

 

見た目は悪くもないのですが、家を出る前、お気に入りの洋服に身を包むも最後にそれを掛けると、どうも気分が上がらなかった。

胴体からつま先までをお気に入りのそれらで武装したのに、眼鏡だけ間違えってしまったかのような、絶妙なやるせなさを感じて。

そうしてイマイチ気分が下がってしまうことがもったいないと思っていたんです。

 

だから、眼鏡も心底お気に入りの1本を手に入れて、今度こそ頭からつま先までを完璧に武装した毎日を送りたくて。

日常に唯一存在する妥協を撤廃するために、眼鏡を買い替えようと思ったのでした。

それがきっかけとなって、眼鏡屋さんに足を運ぶことに。

結果、素敵なオーナーさんと素敵な眼鏡に出会うことができました。

 

これで”眼鏡をかける=妥協して過ごす日”ではなくなった。眼鏡をかけて、最高に気分の高揚する日々の始まりです。

 

”いわたの知らない世界”を知る経験って面白い

お手紙まで下さったオーナーさん。どこまで丁寧なんだ・・・。

「この服とあっちの服、見た目は全く同じなのに値段に何万円もの差があるのはどうしてなの?よくわからない」

ぼくは洋服が好きなので、周りの友達にはよくこういったことを聞かれます。

 

同じように見える洋服でも、ぼくにとってはまるで違う。生地のハリやツヤ、シルエット、素材の良さ、ボタンやジップといった細部のディテール・・・。

ちょっと値が張ったとしても、それを選ぶだけの理由は挙げればキリがないほどには存在します。

現にこのブログの記事だって、書きたいことがありすぎるせいで、いつも長くなってしまう。

 

一方で眼鏡に詳しくないぼくにとっては正直、お店に足を運んで実物を見ても「この眼鏡はどうしてこんなに高いんだろう」と思ってしまう節はありました。

JINSでも同じような見た目の眼鏡は売っているんじゃないか。使っている素材も同じだし、じゃあ何が違うんだろう、って。

 

でも、ぼくが知らないその世界にも、その世界にどっぷり魅了された人にしか分からない魅力は絶対にあるはずで。

ぼくが洋服の魅力をいくらでも語れてしまうのと同じこと。

眼鏡屋のオーナーさんだって、ぼくがワクワクしながら買った服に関する記事を書くときと同じあのテンションで、眼鏡の色々を教えてくれました。

 

オーナーさんが見ているのは、単純にぼくが知らない世界なんだ。足を踏み入れればそこには、ぼくが洋服に対して頂いているこだわりと同じだけの面白さだってあるはずで。

何も服飾品に限った話ではなくて、例えば本や映画、食べ物だって、それぞれの人が熱狂的に愛する”好きなモノ”の対象全てに言えること。

 

自分の知らない世界なんて、世の中にはまだまだある。というか、知っている世界の方が遥かに少ないという事実。

そこに足を踏み入れる経験だったり、夢中になっているモノに対する愛を誰かが語ってくれる瞬間。ぼくはそれが大好きです。

その人はどうして、それが好きなのか。そこへの興味がぼくは尽きない。知らない世界を知るときのワクワク、語り手の想いに耳を傾けてみたいんです。

 

何にしたって、そこまで行ってしまえばもう自己満足の世界だと、ぼくは思っています。

JINSの眼鏡を掛けていようが、YUICHI TOYAMAの眼鏡を掛けていようが、それを見てぼくの眼鏡に興味を示す人、質の良し悪しに気付く人はきっと少ない。

それでもオーナーさんに教えて頂いたこの眼鏡の魅力と、背景にギュッと詰まったストーリー。

徹底した眼鏡作りへの姿勢を感じ取ってはそこに魅力を感じ、身にまとうことで気分が高揚していくのです。

 

街ですれ違った人の洋服をパッと見たとき。生地感から「大体これくらいの定価なんだろうな」と予想をつけることって、服が好きなぼくらにとっては容易なことで。

人の目を気にしている訳ではありませんが、例えばそういう瞬間にだって胸を張って誇れるモノ、語れるモノに囲まれた生活の方が素敵じゃないか、と考えます。

だから眼鏡にも妥協は許したくなかった。ただそれだけの話なのでしょう。いわば究極の自己満足なんです。

 

ぼくが洋服に、身にまとうモノの全てにこだわるのは、いつもの毎日から一切の妥協を撤廃するため。

そうすることでより一層、気分を上げながら生きていくことができるから。その方が人生だって楽しくなるから。

 

自分が楽しく生きていくために必要なモノ。人それぞれで、色々あると思います。

ぼくにとってのそれは洋服だった。これは、そんなお話です。

The following two tabs change content below.
いわた

いわた

洋服の経年変化を愛でるファッションブロガー。自分で着たい服を作ることも。 個人ブログ「いわタワー」も運営しています。

YouTubeチャンネル「いわたの偏愛コレクション」