男の「格好良さ」は服装には表れない

最近、ずっと考えていることがある。というか気付いてしまった事実がある。

男の格好良さって、いくら服装をアップデートしたところで本質的には変わらないということに。

今から書こうとしている内容は決してネガテイブなことではない。

けれど、いい服を着るだけじゃ、人からおしゃれに見られるため努力するだけじゃ、格好いい男にはなれない、ということだけは事実としてある。

 

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男の「格好良さ」は在り方に滲み出る

格好良くなりたいと思っている人たちがよく発するネガテイブな意見のひとつにこれがある。

「おしゃれなブサイクよりもダサいイケメンの方がモテる」「結局、服より顔」

 

個人的にこれは、とても真理に近いと思う。ただ、ぼくが思っていることはこれらとは少しだけ違っていて。

というのも「男の”格好良さ”はその人の佇まいや立ち振る舞いに全て出る」と思っているんです。

 

「イケメンがモテる」という意見もこの中に含まれると思っていて、正確に言い換えると「イケメンは自分に自信があるからモテる」ということ。

自分の姿に自信があるから、それが普段の佇まいや仕草に表れる。自信のある男はモテるし、同性から見ても格好良く見える、ということなのではないでしょうか。

 

要は「男の”格好良さ”って自信から成るものじゃない?」という話です。そこに容姿の良し悪しは正直、あんまり関係ないとぼくは断言できる。

自分に対する自信は佇まいや仕草、歩き方やら立ち振る舞い・・・在り方の全てに反映される。

だから真の意味で格好良い男を目指すなら服装だけにこだわりを先行させるのではなく、自分に自信をつけることを最優先して考えるべきなのではないか。

なぜなら洋服は自分に自信をつけるために役立つとされる、数多くある方法や道具のひとつに過ぎないのだから。

 

ぼくの洋服をSuchmosのヨンスが着たら

というのも何より、これは鏡に映った自分を見ながらいつも感じていることでした。

正直、自分では自分のことはそこまで嫌いじゃない(むしろちょっと好きかも?)ので、部屋の鏡に映った自分を見たときの感想は「まあ、悪くはないかな」といったもの。

 

しかし家から最寄駅へ向かう途中、いつも通る道には歩く人の姿が全身、大きく反射するガラス窓のお店があって。

映った自分の全身をいつも見るのですが(そこで初めて、今日のコーディネートはどんな感じだろう?なんて思いながら)、思うことがひとつ。

「何だか歩き方やら在り方やら、顔つきも情けねえー・・・」

 

痩せ型のひょろっとした長身に色白の肌。猫背気味で、何もしていないのに申し訳なさそうな姿勢で歩いている。安い黒縁眼鏡をかけている日のそれはもう、童貞にしか見えない佇まい。

ちなみに、歩くスピードだけはなかなか速い。

 

めちゃくちゃいい服も着ているし、コーディネートのセンスも悪い方ではないと自負している。

ファッション雑誌やウェブマガジンに何度か載ったり、WEARでフォロワーが1,000人以上いたことが、それを後押しする小さな(過去の)栄光だ。

 

だけど、そんなぼくの姿は”格好いい男”とは程遠い。となればもうこれは、服装の問題ではない。自信のなさが露呈してしまっていることが原因だ。

例えばSuchmosのヨンスが今のぼくと全く同じ服を着たら、それはもうめちゃくちゃに格好いいと思う。

一方でぼくが着るとそうはいかないのは、もう服装のせいじゃない。スタイルのせいでもない。単純に自分に自信がないだけだ。

 

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「格好良さ」と「自分らしさ」はリンクする

お気に入りの洋服、素晴らしい洋服は自分に自信を与えてくれる。「俺はこんなに格好良い服を着てるんだ」と思わせてくれる。

言ってしまえば布だけれどそれは、ぼくにとっては鎧である。大好きな洋服を着て武装して、ぼくはいつも外へと出かける。

 

そこに関しては自分の中でもある程度は完成してきているので、例えばぼくがヨンスのような”ザ・格好良い男”を目指すとなればもっと自信をつける必要がある。

色々と方法はあるだろう。何でもいいから目標を打ち立て、それを達成することに全力を尽くす。

成功すれば「俺にもできるんだ」と思えるから、そうやって人としての自信を積み立てていける。

もっと女性とデートする機会を増やすとか、そういった類のトライ&エラーを増やしてみるのもいいと思う。

 

でもここからは、自分をどんな風に見せたいのかを意識して工夫する必要があると思っていて。

ヨンスのような”ザ・格好良い男”を目指すのも、数年の時間を要するだろうけど決して悪くないことではある。

しかし冷静に考えたとき、果たして今の自分が持っている人としての長所や魅力を最短距離で生かす方法は本当にそれなのか。

加えて差別化を考えるとしたら、本当にそれが正しいのかは迷うところでもある。

 

Suchmosのヨンスみたいな男もめちゃくちゃ格好良いと思うけれど、ぼくとしてはトリプルファイヤーの吉田さんのような男も格好良いと思っているからだ。

自分の魅力を自分でも把握して生かしているスーパースター。それが吉田さんという男なのだと、ぼくは思う。

決して世間一般的に見て多数が支持する方こそ”格好良い男”という風には思っていない。自分の魅力を生かして戦える男がぼくにとっての格好良い男なんだ。

 

必要なのは武器の把握と、そこへの自信

ぼくが思う”格好良い男”に、ぼくがなるには、どんなところが自分の長所で短所なのかを自分で知っておかなくてはいけない。

その上で長所を生かして戦っていくべきなのだろう。

現時点で持っていない武器を手に入れることは難しいけれど、持っている武器を磨いて光らせることなら誰にだってできる。

ただ、その武器が何なのかを把握するためには、自分のことを知るというステップはまず欠かせない。

 

自分が持っている長所を分析&把握し、それを徹底的に磨いて光らせ戦っていく。

その武器を持っている自分に自信を、誇りを持てたときには自然と”格好良い男”になれているのではないか。

 

さて、ぼくの武器って一体何なのだろう・・・。自分でもよくわかっていないけれど、それを探す過程は悩むというよりも楽しいものでもある。

きっと吉田さん寄りの武器が眠っていると、現時点では思っている。じゃないと、ここまでトリプルファイヤーを好きになってはいないはずだ。

 

男の格好良さというものは服装じゃなく、顔つきや佇まい、歩き方やら立ち振る舞い、身振り手振りなどなど・・・在り方全てに映し出されるものである。

頭にふっと浮かんだ王道の”ザ・格好良い男”像の他にも色々な格好良さの軸があること。目指すべき場所は人それぞれだということ。

そんなことを、こうして記事を書いている自分に向けて伝える意味も込めてここに書き残しておきたい。

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いわた

いわた

洋服の経年変化を愛でるファッションブロガー。自分で着たい服を作ることも。 個人ブログ「いわタワー」も運営しています。

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2019年4月28日(日)に新宿にて映画「The True Cost」の上映会を開催します。

ファストファッション人気の裏で低賃金、重労働に苦しむ人々がいる事実を写したドキュメンタリー。

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