「死ぬ時、一緒に棺桶に入りたい」洋服は人生の苦楽を共にする最愛の相棒だ

ぼくはこのブログでいつも、ジーンズの経年変化についてやたら熱心に書いていますが、その理由は何なのか?

今日はそんなお話をしたいと思います。

 

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デザイナーは服作りで自己表現を行う

そもそもぼくは洋服が大好き。自分が素敵だと思える洋服を着て出かけると、それだけで気分は上がるし、背筋も伸びるから。

とはいってもコーディネートが特別おしゃれな訳ではなく、実際に周りの人からも「おしゃれだよね」と言われることはほとんどありません。

アニメを好きな人がアニメオタクと呼ばれるのと全く同じで、ぼくは洋服が好きなただの服オタク。

人からおしゃれに見られるため、モテるために洋服を使おうとは思っていません。自己満足でファッションを楽しんでいる部分が大きいです。

 

デザイナーズブランドの洋服を着ていると、その独特の世界観に惹かれていく。

量販の洋服、売るために作られた洋服には決してない存在感と雰囲気を持ち合わせたそれらの洋服が大好きです。

人間、何かしらの方法で自己表現をしたいもの。ミュージシャンだったら音楽で、小説家だったら文章で。

人前で喋ることが得意な人は、日々の中において自然と自己主張ができるから、承認欲求を満たすことには困っていないと思います。

 

例えばぼくなら、自己表現を行って承認欲求を満たす方法としてブログを書いているはず。

前へ前へ出ていけるタイプではありません。別の言い方をすれば、ネット弁慶でしょうか。

 

ちょっと話が逸れましたが、ファッションデザイナーは洋服を作ることで自己主張をする。承認欲求を満たす方法が、それ。

そうやって彩られた世界観に触れること、作られた服の背景に存在するストーリーやアート性に共感してぼくはそれらの服を着ます。

手間や原価をかけて作られた服なので当然、量販の洋服よりも値段は高い。

それでも価値を感じるからこそ、こだわって作られた服を着るからこそぼくの気分も上がる訳で、そんな服を手に入れるためならお金は惜しみません。

今となってはもう、売るために作られた服には魅力を感じなくなりました。

 

「服は高ければ高いほどいい」は間違い。だけど・・・

着る服は高ければ高いほどいい。それは間違っているとぼくは思います。

ただ、大切なお金。それを多く費やしてまで手に入れた洋服に対しての思い入れが深くなっていくのは自然なことだと思っていて。

ぼくがギターを始めた頃、教則本の隅っこに小さく書いてあったこと。

「初めて買うギターはできるだけ高いものを買おう。思い入れが深い分、それだけギターに触れる回数も多くなるぞ」

 

当時は「ええ・・・」と思ったものですが、今となってはその言葉の意味もわからなくはないんです。

高ければ高いほどいいって訳じゃなく、高くても欲しいと思ったものを買うべきで。

そこまでお金を出してまで買ったものなら大切にするのも自然なことでしょう。

逆に言ってしまえば、そこまで高いお金を出してまで買おうと思わないのなら、それに対する情熱は意識せずとも大したものじゃなかった、ということ。

 

その一文を読んだのは中学生の頃でしたが、今でも不思議と頭に残っています。

あれからギターは何本か買いましたが、今手元にある1本は中古で買った4万円くらいのもの。ぼくのギターに対する情熱は、そこまで大きなものではなさそうでした。

 

一方で、当時は洋服に全く興味のなかったぼくが今では1着で10万円の服を買うことにも躊躇はないし、最近はそれ以上する洋服だって買うことに抵抗はない。

大学生になった頃から目覚めた、洋服オタクの道は本物だったみたいです。元々、何をするにしても背景やルーツに強い感銘を受けないと行動を起こさなかったぼく。

 

デザイナーズブランドの洋服作りには深い感銘を感じて、ずっと強く惹かれ続けています。生まれてから今日までずっと身近にある洋服というモノ。

それにここまで情熱を注いで作り続ける人がいること、しかもそこに国境や言語は関係なくて、世界中でそれに取り憑かれている人がたくさんいること。

洋服を着ることは、自分にとっても自己表現をするためのひとつの手段。

こんな楽しくてワクワクすることを、売るために作られた量販服で済ませちゃダメだ、と思っているのでした。

 

ぼくはこうして洋服に魅力を感じる一方で、例えば食に関しては一切のこだわりがありません。

何も食べないときもあれば、食べたとしてもコンビニ弁当がほとんど。

そんなぼくを見ては「食事という、こんなワクワクする行為を適当に済ませちゃダメだ」とお思いの方も絶対にいるし、そういう人をぼくは知ってる。

 

何に感銘を受け、その感動を伝えていきたいか。それは本当に人それぞれなんだと思います。

ただぼくはそれが洋服だったから、この素晴らしさをブログを読んでくれる人にも伝えたいと思って記事を書き続けている、それだけのこと。

 

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人生を共にする相棒が生み出す、プラスの変化に魅了される

そうして洋服の買い物にはお金を惜しまなくなったぼく。

生み出された洋服が持つ美しさに魅了されていったぼくですが、中でも特に魅力を感じる部分のひとつとして頻繁に挙げるのが、洋服の経年変化に関して。

経年変化とは読んで字のごとく、時が経つにつれて見た目が変化していく様のこと。

 

それに魅力を感じるようになった大きなきっかけはジーンズでした。

ぼくの服装に対する意識が劇的に変わったと思うのは、初めて本気で好きな彼女ができたとき。

いつ会ってもおしゃれな彼氏でいたい、と思っていたんでしょうか。

 

そこからバイト代の多くをファッション雑誌や、それを読んで欲しくなった服を買うことに費やすようになりました。

前々から音楽は好きだったので、好きなミュージシャンの好きなブランドに興味を持つようになり、憧れに一歩でも近づきたいと思う気持ちから同じお店へ足を運ぶように。

それが今でも好きなブランド、iroquoisでした。通うようになって、お店のブログもよく読むようになって、ある記事に衝撃を受けてジーンズに興味を持つようになった。

参考記事▶︎商品紹介番外編。ちょっと大人なデニムの愉しみ方|IROQUOIS

 

上の記事で紹介されている、ジーンズの経年変化に衝撃を受けたんです。

最初は綺麗な紺色をしていたジーンズが、ずっと愛用しているとこんなにも見た目を変えていくのか、と。

 

数々の修羅場を味わい、苦楽をともにしてきた友。

思い出が詰まったかけがえのない一本。
ヴィンテージでもなんでもなく、人によっては処分してしまうであろうものですが、

なぜか格好良く見えたので御紹介しました。
僕もワンウォッシュモデルとノンウォッシュで制作中ですが、たまに穿くといいもんです。

 

穿く人の仕事柄やしぐさ、個性で他の人とまったく同じ物はできませんし、

穿く人が同じでもまったく同じものはできないというオンリーワンな大人の愉しみ方。

 

デニムを穿く方なら誰しもが一度は思う、理想の色味。

いっそのこと育ててみるのも面白いかもしれません。

愛着がわき大切にできる自分だけの一本ができるはず。

 

何かを始めたいときや新しい変化があったとき、

自分と一緒に年月を重ねていける自分だけの一本。

 

そういうファッションの愉しみ方もあるのではないでしょうか。

引用:商品紹介番外編。ちょっと大人なデニムの愉しみ方|IROQUOIS

実際のブログ記事にある、最後の文章を引用させて頂きました。この文章に胸を打たれ、そして衝撃を受けた。

洋服って着飾るためだけのものではなくて、人生を共にしていくもの。そういう楽しみ方もあるんだな、と知ったんです。

 

そうして洋服と人生を共にしていく感覚を、より分かりやすく楽しませてくれるのが経年変化だとぼくは思っていて。

ジーンズやレザーなど、時を重ねるにつれて、着込んだり穿き込んだりするにつれて表情を変えていく洋服たち。そんなところに魅力を感じるようになりました。

洋服ってぼくにとっては道具じゃなくて、苦楽を含めて人生を共に生きていくための仲間なんです。

ぼくが死ぬそのときは、棺桶にお気に入りの洋服たちも一緒に入れて欲しいと、思っています。

 

もしあなたが着飾るための洋服を、売るためだけに作られた量販の洋服を着ていたら。そこに”周りからおしゃれに見られたい”という理由しかないまま、その服を着ていたら。

10年後、20年後にそれらの服はただボロボロになっていくだけで、その見すぼらしい姿を見たあなたは「もうこれは着れない」と、捨ててしまうかもしれません。

 

でも、ぼくは心の底から好きな洋服に囲まれて、ぼくが楽しければそれでいい。そんな気持ちで日頃から洋服を着ています。

値段が高くとも欲しいものは買う。そうやって洋服を選び続けています。

 

ぼくが特に、高いお金を出してでも欲しいと思えるのはレザーやジーンズといった洋服たち。

それらが10年後、20年後にどうなっているかといえば、ボロボロかもしれません。でも、売るために作られた洋服のそれとは絶対的に違う部分がひとつ。

売るために作れた服は経年劣化をしていくとしても、高いお金を出してでも欲しいと思って買った服たちのそれは経年変化と呼べるものになる。

 

前者の洋服は経年劣化によって価値はマイナスになる一方だけれど、後者の服たちは時を経るにつれて経年変化という、プラスの魅力と価値を作り続けているんです。

苦楽を共に過ごし、愛着も湧き、いつも誰よりも側にいる相棒、それが洋服。

そんな楽しみをぼくは知っているからこそ、洋服選びをおざなりにするのは本当にもったいないことだな、と思うんです。

 

経年変化を魅せてくれるレザーやジーンズの場合はその具合が目に見える分、分かりやすいから代表として挙げました。

しかし本当の意味でいう洋服選びとは、それに限ったことじゃない。

要は10年後、20年後にも愛を持って接せるくらい、気に入った洋服を着れていますか?ということなんです。

 

これから先もそう思えそうな服になら、ぼくは高いお金を出すことも惜しまない。

洋服を好きになることで人生に楽しみを見出したぼくが伝えたいメッセージは、ブログを書く理由はこれだったのかもしれません。

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