都民だけの”垢抜けた感”あるファッションセンスはどこから来るのか



ぼくは千葉県の柏市に住んでいるのですが、都内へ行くといつも感じることがあります。

「やっぱり都民はおしゃれだな」なんて・・・。

何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、ちょっと聞いてください。これは古着好きに限っての話。

情報や流行の発信地である東京に位置するセレクトショップの方が、新進気鋭のブランド服を置いている。

これは揺るがない事実なので、ブランド服を好む人たちに限った話であれば都民の方がおしゃれな事実には頷けます。

でも、ですよ。古着ってどんなお店でも仕入れる場所は大体同じで、違うのはオーナーの好みやセンスくらいですよね。

それなのに、都内の古着屋を見て回っていると、そこにいるお客さんの”おしゃれレベル”はやっぱり都民の方が高い。

その人が本当に都民なのかは、正直なところわかりません。でもなんて言うんでしょうか、こう・・・垢抜けているというか。

やっぱり圧倒的なレベルの差があり、どこか自分を芋くさい田舎民だと思わざるを得ない瞬間が出てくるのです。

同じ古着好きなはずなのに、都内と柏ではどうしてこんなにもレベルの違いを感じてしまうのか。

今日はその理由を、記事を書きながら考えてみたいと思います。

 

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①都内の古着屋は各々の個性が強いため、”好きかつ似合う”に出会いやすい

大前提として、都内には柏とは比べものにならないほどに多くの古着屋があります。

原宿と柏。原宿なんて古着屋が50メートル間隔で並んでいますよね。少しは柏にも分けて欲しい。

それだけお店がたくさんあると、当然他と似通った雰囲気の服ばかりを置いていればお店の売り上げは低迷する訳で。

自店と他のお店を差別化する必要が出てきます。そこでしか買えない服を揃え、”そこに行く必要がある”と思ってもらえるお店にならなくちゃいけない。

結果としてそれぞれのお店が唯一無二の個性を出すようになります。”うちはこういう店なんだ”と。

都内は洋服に関心のある人の母数が多い分、ある程度は方向性を尖らせても全くお客さんが来なくなる心配はなさそうです。

各々の個性が明確になることで、お客さんも自分が”好き、かつ似合う”洋服に出会う確率が高くなる。

個人的にですが、ぼくにとってのおしゃれな人の定義は、自分が好きで似合う洋服に関して熟知している人。

要するに自分が持っている武器を把握して、使い方を理解している人です。

個性の強い古着屋が多いお陰で、お客さんも自分にとってのそれを見つけやすい。

結果として都内に住む人の方が柏に住む人よりもおしゃれなのでは?と考えています。

お店側からしても、母数の少ない柏で冒険するよりも、都内で経営した方がお客さんの減るリスクも少ないですからね。

 

②おしゃれ偏差値が高いため、お店に対するお客さんの要望レベルも高い

流行の発信地、東京。当然おしゃれな人が集まっています。

そもそも、おしゃれなお店が多いから、おしゃれな人が多いのか。はたまた、おしゃれな人が多いから、おしゃれなお店が多いのか。

これに関してぼくは、その両方が都民をおしゃれにしているのではないかと思っています。

都内にはおしゃれな人が多い。だから、古着屋で買い物をするにしてもお客さんがお店に求める要望のレベルも高いのではないでしょうか。

お店側は当然、それに答えるための商品を入荷する。

そんな背景があるからこそ、都内の古着屋はより並ぶ商品のレベルを上げていくことができるのではないか。

通ってくれるお客さんと共にお店を作り上げていく感覚。相乗効果でレベルアップしていくかのようなイメージです。

 

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③参考例が豊富なため、ワンランク上の合わせ方を熟知している

”センス”を磨く。ファッションにおいてそれを実現するにはやはり、おしゃれだと思えるサンプルを膨大な数目にして、真似ることから始まると思っています。

モデルのコーディネートよりもストリートスナップの方が参考になるのと同じく、なるべくならおしゃれな人、実物を見た方がためになる。

都内にはおしゃれな人が多く、そのお陰もあっておしゃれなお店が多く。

参考例が多いだけあって、歩いているだけでも刺激を受ける環境。

ぼくもたまに足を運ぶと街行く人々の服装にいい意味で衝撃を受けることも少なくなく、東京はそんな街なんだと身をもって感じることが多々あります。

人間は環境に左右されるもの。おしゃれな服屋が多いからおしゃれな人が多くて、そこに入り浸っていれば真似て自然と溶け合っていくもの。

”自分を変えたいならまずは身を置く環境を変えろ”なんてよく言いますが、まさにそれが正攻法ですよね。

おしゃれな人たちは、おしゃれな人の多い環境で切磋琢磨し合った結果、そこを原点とした新たなコーディネートを魅せてきます。

柏にはないその新しさが、ぼくの目には非常に垢抜けて見える。

都内へ行って自分と周りの人たちを見比べたとき、自分をどこか芋くさく残念な男だと思ってしまういちばんの理由はそこにあるのだと思います。

ベタな言葉ですが、都民のコーディネートにはやっぱりどこか垢抜けた雰囲気がある。

その環境に身を置いていなければ絶対に身につけることができない感覚を持っているのだと思います。

 

ファッション性は住む街の影響を大きく受ける

沖縄の古着屋『CYCLONE』ゴリゴリのアメカジが男らしくて素敵なお店でした。

以上のような点から、ファッションひとつ取っても住む環境の影響を大きく受けるものだと強く感じました。

もっとも、そういった内容の記事は以前にも書いているので、ここでは割愛しますが・・・。

関連記事▶︎ファッションは住む街の影響を受ける、のかもしれない。

 

都内へ行くとその点では少し悔しさを感じたりもするのですが、逆に言えばそれがあるからファッションって面白いものだと思っていて。

ぼくは旅行へ行くと、時間があれば各地の古着屋さんを見て回るように心がけています。

何と言っても古着屋さんは、そこに住む人の服装は、無意識にでも街の影響を必ず受けているから。

今月の頭に沖縄へ行ったときにも柏や都内との違いは少なからず感じました。

もう少し時間があればたくさんのお店を回って、違いを言語化できるまでに落とし込めたのかもしれませんが、そこに関してはぼくの観察力不足・・・。

まだまだ他の街にも足を運んでその違いを考えてみたいと思っています。こういった観点を持っていると、旅行に+αで楽しみができていいのかもしれません。

 

王道より邪道が好きなぼく、柏市を好む

都内では都民のレベルの高さを再認識し、自身とのレベルの差にどこかショックを受けつつも、そこに染まりたいとはあまり考えていないぼく。

理由はやはりひとつで、単純にぼくが生まれ育った千葉を、そして学生の頃から何度も通っていた柏という街が好きだからなのだと思います。

どんな街へ行ってもそうだけれど、その街にしかない良さというものはもう、絶対にある。

ぼくは柏の古着屋にしかない良さを知っているし、単純に都内の尖った雰囲気のお店たちよりも、郊外ならではのゆったりとした雰囲気のお店が好きで。

そこにしかない良さを武器にして、ぼくはぼくなりに古着の買い物やファッションを楽しみたいと思っているのでした。

昔から捻くれ者なぼくは王道の道を歩むよりも、多数派よりも少数派を支持するタイプ。

道なき道から這い上がってくるスタンスを貫いていたい、いつまでも捻くれ者な人間なのかもしれません。

王道の道を歩んだ方が絶対に正攻法なのだけれど、皆と同じ道を進むことを、ぼくのこじらせたプライドが許さない。

誰もが予想しなかった角度から飛び出していつか大衆を驚かせる、”黒船到来”的な目立ち方をしたいのだと思います。

余談ですがぼくは大学を卒業後、新卒で就職せずにブログの広告収入だけで生計を立てていて。

そんな生き方を選んだのもきっと、そんなプライドが根底にあるから。

いつまでもアウトサイダーでいたいと思っている、大人になりきれない23歳なんだと思います・・・。

 

最後は少し話が逸れましたが、同じように古着を着ていても都民の方がおしゃれな理由には、この記事で挙げたような理由があるからなのでは?と思っています。

古着の中でも流行があるのはもちろんだと思いますが、ここ数年は都内の古着屋もビッグシルエットブームがずっと続いたまま変化がないように感じました。

皆さんはどんな理由があって、このような差が生まれたのだと思っていますか?

こういうことを考えるのって、本当に楽しいんですよね。

楽しすぎてついつい、とても長い記事になってしまいましたが・・・。

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いわた

いわた

洋服の経年変化を愛でるファッションブロガー。自分で着たい服を作ることも。 個人ブログ「いわタワー」も運営しています。

【4月28日(日)】映画「The True Cost」上映会を開催します



2019年4月28日(日)に新宿にて映画「The True Cost」の上映会を開催します。

ファストファッション人気の裏で低賃金、重労働に苦しむ人々がいる事実を写したドキュメンタリー。

洋服が好きな人のみならず、全ての洋服を着る人々に見て欲しい作品なので、上映会を開催することにしました。

ファッションとは何か、なぜ人は服を着るのかを今一度考える機会に必ずなってくれます。