人の目を気にしないコーディネートを組むということ

「今日のコーディネート、どう思う?」

そう友達に聞かれても、ぼくは自分の意見を言うまでもなく「いいんじゃないの?」と返してしまう。

興味がない訳ではない。本当にそう思っているだけなのです。

 

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ファッションには正解も不正解もない

というのも、ぼくはファッションに正解も不正解もないと思っているからで。

その人がやりたいようにやってしまえばいいんじゃないの?という意味で「いいんじゃないの?」といつも返してしまうのです。

雑誌に乗っているコーディネートが全てじゃないし、それが正解かと言われれば絶対に違う。

ファッションなんて娯楽なのだから、周りの目なんて気にしなくていいんじゃないか、といつも思っています。

 

新たな常識は非常識から生まれる

最近はその思いがより一層強くなってきました。

いい意味で周りの目を気にしないようになってきて、ファッション面に関してはますます自己満足するためになっている。

雑誌もあまり読まなくなってしまったし、いかに手持ちの服を新しい組み合わせで楽しむか。そこにどんなアイテムを買い足して新鮮さを持たせるか。

そういったことを考えるのが楽しいです。

 

ぼくは割と自分の好きな洋服の系統こそ定まってはきたものの、まだまだ多くのブランドやジャンルに興味があって。

大学生の頃に一度欲しいと思ったことのあるRick Owensの名物スニーカー、ジオバスケット。あれに対する憧れも未だに少し残っていたりします。

たまにネット通販サイトを眺めながら買おうか迷ったりしてみるのですが、そこで改めて、またぼくの中にもあるんだな、と思うのが常識への忠誠心。

古着や渋めなドメスティックブランドの服しか持っていないぼくのコーディネートに、ジオバスケットは絶対に馴染まない。

そう思ってしまうことを理由に、事実、今現在もあのスニーカーには手を出していません。

それでもファッションには正解も不正解もないんだと、日頃から感じていることをそこで思い出して。むしろそんな新しいスタイルもありなんじゃないか?って。

思っていたよりも面白い組み合わせになるかもしれないし、もしかしたらカッコいいかもしれない。

実際に試してみて自分がそう思わなければやめておけばいいだけの話で、少なくとも挑戦(まずは試着でも)してみない限り判断するには早すぎる。

雑誌で読者モデルがやっていた着こなしに魅力を感じるのも、今までそんなスタイルを見たことがなかったからなはず。

そこから流行は生まれていくけれど、要は自分がそんな読者モデルと同じことをしようとしているだけのこと。

なんて考えると今の自分はまるで既に誰かが生み出して使い古された手法、コーディネートしか組めていないことになるわけで。

それって何だか退屈だし、逆に格好悪いことにすら思えてきてしまうのです。

新たな常識はいつだって、当時の非常識から生まれる。そんなものだと思って、今よりもっと視野を広げながらファッションを楽しんでみるのも絶対に楽しいはずですよね。

ジャンルの壁を越えた買い物に躊躇している自分を見て、そんなことを思ったのでした。

 

ただ、ファッションを楽しむ目的が違う友達(例えばモテるためだったり)に「今日のコーディネート、どう思う?」と聞かれたなら。

それに合わせた意見はちゃんと言ってあげるべきなんだと、同時に反省もしました・・・。

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