カッコイイ大人の定義と、そうなるまでの道のり

せっかく買った洋服なのに、手放してしまうのは何だかもったいない。

クローゼットを開ける度、手にしてもワクワクすることのない洋服は増えていき、ふとぼくはそんなことを思う。洋服に飽きるまでのサイクルを前にして。

10代の頃は自分の好みがわからなくて色々な洋服を手当たり次第に買っていたから、そのサイクルは超高速回転をしていた。

それと比べて今はだいぶ落ち着いたものの、止まることはない。

いつになったら止まるんだろう。お金と洋服がもったいないし、そろそろ落ち着けたいところなんだけど・・・。

そう思うのはぼくがまだ20代だからなのか。これが30歳にもなったら、自分のこだわりとやらを持っているのか。

 

スポンサーリンク

もったいないのは仕方ない

失敗は成功のもとなんて言うけれど、この言葉はぼくも好き。洋服の買い物に関しても20代の頃は失敗が当たり前な時期なのでは、と思うから。

感性が豊かで、知らないモノの方が多くて。「これだ」と思える洋服を手にするも、1年後には「やっぱり違う」と思いはじめる。

最近、ぼくがカッコイイと感じる大人の定義がはっきりしてきた。ブレないこだわりのある人。

見た目とか顔とか、そんなものじゃない。誰に何と言われようが好きなもの、姿勢、ブレないこだわりのある大人がやっぱりいちばんカッコイイ。

芸能人だって、身近にいる人だって、カッコイイと思えるかどうかを判断するには、いつだってその基準が根底にある。

いつもデッキジャケットを着ていたあの社員さんもそうだ。

▶︎いつか絶対に着たかった、オリーブ色のデッキジャケット。 | いわたの偏愛コレクション

 

でも、そんなこだわりを持つ人たちだって最初からそれに出会えた訳じゃないと思う。

色々試していくうちに出会ったひとつ。「これだ」と感じる何かがあって、芯になる。そういうものなんだと思う。

ぼくは、カッコイイ大人になりたい。洋服面でも、信念を持った生き方をするという点でもそうだ。

そうしたら、「もったいないは仕方ない」ことだと思えてくる。こだわりと出会うためには絶対に通る道だから。

 

こだわりを形成する作業=人生

あまり年齢が変わらないのに、カッコイイと思う人も周りには多々いる。

その人たちは日々考えながらトライアンドエラーを人よりも多く繰り返してきたんだと思う。

探究心とか好奇心が強くて、こだわりもより一層強い。やっぱりカッコイイ。

でもぼくはそうじゃないし、洋服を買いすぎて散財するのもちょっと嫌だ。だから長い時間をかけて自身のこだわりを形成していこうと思う。

その時々でいいなと思える服を手にしていく。ケチらず、もったいぶらず。

「これは違う」「あれはいいな」を、年月をかけて判断していく。この、こだわりを形成する作業こそが人生そのもの。

全部自分の目で見て、着て、その感性で確かめなくちゃいけない。この道のりをショートカットする方法はない。

30歳になる頃までには、こだわりを確立していたいな。それを楽しみにしながら、洋服と人生を生きていこうと思う。

The following two tabs change content below.

一点モノのハンドペイントTシャツを販売中

某ブランドのパロディーTシャツを販売していたところ、本家からお叱りを受けてしまいました。

よってプリント部分を隠しつつ、ハンドペイントやブリーチを施してオリジナルのTシャツにリメイク。

それぞれ完全に一点モノとして生まれ変わったTシャツを販売しています。